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七夕伝説を解説!日本と世界では違う?由来も紹介

七夕の詳しい伝説のはなしを知っていますか?

実は日本で言い伝えられている伝説と海外で言い伝えられている伝説には違いがあるので驚きました。

年に一度の7月7日に開催される七夕。

織姫と彦星の伝説について書いていきましょう。

七夕の由来と起源

そんな七夕について書いていきましょう。

七夕とは、笹に願い事を書いた短冊を笹に飾るイベントとして一般的に知られています。

この日にしか織姫と彦星は会えないという唯一の日ということで、恋人たちにとってはロマンティックな日として知られている日でもあります。

そんな七夕ですが、ここ10年くらいで地域と小学校などでの動きに違いが出てきています。

例えば、自治体や子供会など地域でも関係性やイベントというものはあまり見られず、小学校や幼稚園、保育園などでは大々的に七夕まつりとして行われるようになりました。

そんな七夕ですが実は日本が発祥ではありませんが世界的には有名な話です。

もちろん由来についても紹介をしていきましょう。

七夕の由来

まずは七夕の由来について書いていきましょう。

七夕は「たなばた」「しちせつ」と読まれる事があり、古くから日本の重要な五節句の1つとなっています。

五節句とはその季節の大事な時期のことで以下のとおりです。

・1月7日(人日(じんじつ)の節句

・3月3日(上巳(じょうし)の節句

・5月5日(端午(たんご)の節句

・7月7日(しちせつ)の節句

・9月9日(重腸(ちょうちょう)の節句。

このご節句のうちの1つが七夕だといわれています。

七夕の起源

七夕の起源ですが、日本古来の豊作を祖霊に祈る祭(現在のお盆)に、中国から伝来した女性が針仕事の上達を願う乞巧奠(きこうでん)などが習合したものと考えられています。

七夕伝説は漢の時代の物語である「荊楚歳時記」にかかれています。

7月7日、牽牛と織姫が会合する夜、婦人たちが7本の針の穴に美しい彩りの糸を通し、捧げ物を庭に並べて針仕事の上達を祈ったと書かれてあります。

日本では奈良時代に節気の行事として宮中で行われていました。

本来、宮中行事でありましたが織姫が織物などの女子の手習い事などの才能があったため、江戸時代に手習い事の願掛けとして一般庶民にも広がったと言われています。

七夕伝説の日本と世界の違い

では、次に七夕伝説について書いていきましょう。

日本と世界では考え方が違うとは先ほど話をしましたのでそれについても書いていきます。

七夕の話しは中国から来た

そもそも七夕の発祥は中国からだといわれています。

天の川の西に住む織物が得意な女性である織姫と、東に住む牛飼いの男性との話です。

働き者の織姫を見ていた天帝(星空を支配する神)が働き者の牛飼いの男性のことを知り「織姫と結婚をしてくれないか?」と頼みました。

牛飼いは悩みましたが恐縮ながらもその話を引き受けることになったのです。

その結果2人は夫婦となりましたが、結婚をすると二人は真面目に働くどころか川のほとりでおしゃべりばかりしています。

天帝から「仕事はしないのか?」と聞かれると「明日からがんばります」とだけ答え一向に仕事をしなくなってりまいました。

それに怒った天帝は牛飼いを東に戻し二人を離れ離れにしたのです。

そのショックから織姫は毎日泣き続け、牛飼いもさみしさのあまり部屋に閉じこもってしまい牛の世話ができなくなってしまいました。

それをみた天帝は「二人以前のように働いてくれるのならば年に1度だけ会うことを許そう」ということから二人は一生懸命働くようになり、年に一回7月7日にだけ会えるようになったのです。

これが世界的に知られている七夕伝説です。

日本の七夕伝説

しかし、日本の七夕伝説は少し話が違いますので紹介をしていきましょう。

ある日3人の娘を持つ男の子ところへ大蛇が現れました。

「娘を渡さないと親子ともども殺してしまう」と言われ困り果てていました。

その時に長女と次女は嫌がったのですが、末っ子の娘だけは「お父さんとお母さんが殺されるわけにはいかない」ということから大蛇のところへ行くといったのです。

池のほとりにい小屋を立て、末っ子の娘を残して両親と2人の娘たちが泣く泣くその場を離れることになりました。

すると雷鳴とともに大蛇が現れ万事休すとおもったのですが・・・

大蛇がおもむろに「怖がることはない、刀で私の頭を切りなさい」と言われました。

末娘は言われたとおりにすると大蛇の中から立派な青年が出てきて「天稚彦」だとなのりました。

天稚彦は日本神話の神となっており、娘は天稚彦と結婚をして幸せな生活を過ごしていましたが天稚彦がある日「用事があるので天へ行ってくる」といわれました。

三週間たっても戻ってこなければ西の京のはずれに住んでいる女性に一夜杓を受け取って天へ来なさいと指示を受けました。

その際天稚彦から唐びつだけは絶対に開けないようにと言われていたのです。

そんなある日娘の姉2人が家に訪ねてきて、天稚彦から絶対に開けてはいけないといわれた唐びつをあけてしまったのです。

また、末娘は天稚彦が三週間戻ってこないため西の京を訪ね天へ向かいました。

天へ上った娘はなんとかして天稚彦に当てたのですがそこで衝撃の事実がありました。

天稚彦の父親は鬼だったのです。

当然人間との結婚など認めるわけはないことから天稚彦は父が訪ねてくるたびに娘を枕や扇などに姿を変えるようにしていたのです。

そんなある日うたた寝をしていた時に娘の存在がバレてしまいました。

激怒した父親は無理難題を娘に押し付けましたが、天稚彦から受け取った袖を振るとその難題が次々に解決をし鬼である父親は彼女を認めざる負えなくなりました。

その結果「月に一度は会ってもよい」となったのですが娘が聞き間違えをし「年に1度」と思ったのです。

娘の聞き間違えを訂正しないまま父が手にしていた瓜を投げつけその瓜が割れたところから天の川ができたのです。

それ以降7月7日に娘と天稚彦は1日だけ会うことが許されたのです。

世界の七夕の話し

次に世界の七夕の話しを紹介していきましょう。

ギリシャ

琴の演奏が上手な青年はある日、妖精の少女と出会い恋に落ちました。

行く手には様々な困難が待ち受けていましたが、青年が持っていた琴の音色がそれを手助けしてくれ、ついに青年は大王に「一度だけ少女を生き返らせてもらう」約束を取り付けたのです。

しかし大王は言いました。 「地上に戻るまでは絶対に振り返ってはいけない」この約束が守れなければ少女はまた天国へと舞い戻ってしまうだろう、と。

青年は絶対に振り返らないと約束しましたが、もう少しで地上に着くところで嬉しさから一度だけ振り返ってしまったのです。

すると少女はあっという間に天国へと連れ戻されてしまいました。

それを知った神様が、青年の持っていた琴を夜空に放ち、琴座を作りました。

フィンランド

生前仲良しだった夫婦がそれぞれなくなった後に星になりました。

星になってからもお互いそばにいたいという願いから毎日一生懸命星屑をあつめた2人は千年後にかなえられました。

遠くに行っても行き来できるようになりそれが天の川だったといわれています。

七夕伝説のまとめ

こんな風にいろいろな七夕伝説の情報があります。

日本で言い伝えられており、中には日本でできた話だと思っていた方もいると思いますが有力なのは中国です。

そこから世界でいろいろな話に派生をしていったといわれていますね。

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